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山形地方裁判所 昭和41年(ワ)153号 判決 1969年9月09日

原告 多田秋夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 小林亦治

被告 渡部弥助

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 古沢久次郎

主文

原告らの、被告らに対する各請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告らにおいて、

(一)  被告らは連帯して、原告多田秋夫に対し金六九万一、一五七円、原告多田ち江に対し金六〇万三、七七二円、及びこれらに対し、いずれも昭和四〇年一一月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決並びに

仮執行の宣言

二、被告らにおいて、

主文同旨の判決

第二、当事者の事実上の主張

一、請求原因事実

(一)  (事故の発生)

昭和四〇年一一月二九日午後〇時四五分頃、山形県天童市大字天童甲一〇五番地先道路において、原告らの長男亡多田紀晴(昭和三八年九月一六日生)は、同道路を神町方面から南進中の被告渡部の運転する大型貨物自動車(タンクローリー)に激突されて轢倒し、その結果同人は頭蓋骨粉砕骨折の傷害を受けて即死した。

(二)  (帰責原因)

1、被告渡部につき

右事故発生場所は、道路の幅員狭隘の上、交通量の多い道路であるから、同所において自動車を運転する者は前方を注視し、適宜徐行して進行すべき義務があるところ、被告渡部は右前方注視と徐行を怠り、漫然進行したため、右事故を惹起したもので、それは同被告の過失に起因する。

従って同被告は民法七〇九条により損害賠償責任がある。

2、被告会社につき

同会社は、右被告渡部運転車を所有し、自己のため同自動車を運行の用に供する者であり、右事故は、右運行によって生じたものである。

従って同被告は、自動車損害賠償保障法三条により、損害賠償責任がある。

(三)  (損害)≪省略≫

二、答弁≪省略≫

三、抗弁(被告会社)

(一)  被告渡部に過失がない。

右被告は、本件事故発生場所を通過する際、時速二〇キロメートル以下で、前方を注視して進行していたところ、右紀晴が突然道路外から、道路上にとび出し、自ら右被告運転車の左後輪に衝突したものである。

(二)  本件事故は、右紀晴及びその保護者たる原告ち江の過失に基づくものである。

本件事故発生当時、紀晴は二才二月であり、右衝突直前同人はその付近の自宅玄関付近で独り遊んでいたところ、原告ち江はこれを知りながら同人を放置し、その側を通過して右道路向い側の商店に赴いたもので、右事故は、原告ち江の監護を尽さない過失に起因する。

(三)  本件事故当時、右被告渡部運転車には構造上の欠陥または機能上の障害がなかった。

四、抗弁に対する答弁

抗弁事実中右(二)の紀晴の年令は認、その他の事実は否認

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因事実(一)(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二、請求原因事実(二)2(被告会社の帰責原因)は当事者間に争いがない。

三、請求原因事実(二)1(被告渡部の帰責原因)及び抗弁(一)(二)について。

≪証拠省略≫によると、本件事故発生現場の道路は、一級国道一三号線で、幅員六、九メートル、歩車道の区別なく、アスファルトで舗装された平坦、直線で事故発生個所を中心とし、その南北両側一〇〇メートルにわたり見とおしは良好であって、道路の両側には、〇・四メートル幅のコンクリート側溝が敷設されているが、その上部は、路面と水平にコンクリート蓋がしてあるため、同部分の歩行は可能であり、平素車輛の交通量は多いが、歩行者の通行は比較的少ないこと。事故当時路面は乾燥し、平坦である右道路には視界を妨げる障害物がなく、事故現場東側々溝上の内側に塵埃捨て用のポリバケツ(直径〇、四メートル、高さ〇、五メートル)一個が置かれていたが、これにより、それより高い身長を有する者である場合は、その動静を遮断されることはないこと、右道路の制限速度は毎時三〇キロメートルであり、右紀晴の身長は〇、八三メートルであったこと。被告渡部運転の前記車は、車体の全長六、七メートル、車幅二、四五メートル、車高二、三メートルであり、同被告は右車に単独乗車して運転し、本件事故現場(後記)から概ね一〇〇メートル手前の信号機のある交差点で一たん停止した後、時速二〇キロメートル位で進行し、右事故現場にさしかかったが、その際、その前方約六〇メートルの地点に先行車があった外は、その間に(右側溝部分をも含めて)同方向に進行する人車及び停止中の人影は全然なく、従って被告渡部の視界にそれらは入らず、普通貨物自動車とすれ違って一七メートル程進行した際、後方から突然子供の悲鳴らしき声が聞えたので、急拠停車措置を講じた上、それから先九メートルの地点で停車し、下車してはじめて本件事故の発生を知ったこと、右紀晴は右車の左後輪に接触したのであるが、それは被告渡部が対向車とのすれ違いを完了した地点から概ね一二メートル先右道路東側端から約一、五メートルの地点であること、右紀晴は平素右道路東側の道路に面した同市天童甲一〇五番地今野自転車店々舗やその入口付近若くは同店南側路地付近での独り遊びを常としていたが、右事故発生直前も、同人は右自転車店々舗入口及びその前の右側溝内側付近で独り遊びをしており、偶々同自転車店の筋向いにある佐藤米店に買物に赴くため同所を通り合わせた紀晴の母である原告ち江はこれを認めて右紀晴に声をかけた上、同人をその場に残したまま、単身右米店に赴き買物をしていて、紀晴のその後の動静に眼を配しない間本件事故が発生したこと、等の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

右認定の諸事実に基づき考察すると、先づ被告渡部運転車の本件事故現場通過の際の進行速度は、毎時二〇キロメートルでありそれは、同現場の状況殊に制限速度、(毎時三〇キロメートル)交通量、道路の幅員等からして極めて妥当なものであり、同速度をもってすれば、右現場において仮りに、突然車の前方にとび出す歩行者等があっても、これとの衝突を避け得るに充分であると言えるから、この点において右被告に過失はない。また同被告運転車と、その先行車との車間距離も充分(六〇メートル)であって格別問題はない。次いで前方注視の点についてみるに同被告運転車の前方六〇メートルの地点に先行車があった外、同道路(側溝を含め)上に人車等存在せず、従って同被告において、紀晴等の人影を認めなかったところ、前記今野自転車店々舗入口及び同店舗前の側溝内側付近の被告渡部の視野に入り得ない場所において、独り遊んでいた前記紀晴が、同所を右被告運転車が通過(運転席が)すると同時頃、突然道路上にとび出したため、その体が右車の左後輪に接触したものと認めるのが相当であって、同被告がその前方に紀晴の存在を認め得なかったのは、同人が道路上(側溝を含め)以外に居たためであり、同被告の前方注視に欠けるところがあったためではないと言うべきであるから、被告渡部に前方不注視の過失はない。他に同被告に本件事故発生についての過失(すれ違いのため極度に左側に寄りそのまま進行した如き事実も、右道路の幅員、車輛幅等の点からみて認められない)の存在は認められない。なお道路外の視野に入らない場所から、突然道路上にとび出す者がいることまで予想せしめることは運転者にとり酷に失し、従ってこの点は注意義務の範囲に属しない。(但しその場所が平素、幼児等の遊び場所とされており危険な区域であることが一般的にもまた当該運転者にも認識されているような場合は別論であるが本件ではその事情は存しない)

結局本件事故は、被告渡部にとり不可抗力によるもので、同被告の過失に起因するものではない。反って、前記認定事実からすれば、紀晴は勿論、その保護者である原告ち江に保育上重大な過失があったものと認めるのが相当である。

従って、請求原因事実(二)1の主張、ひいては被告渡部に対する請求はこの点において失当であり、抗弁(一)(二)は理由がある。

四、抗弁(三)につき

≪証拠省略≫によれば、被告渡部の運転した右車のハンドル、ブレーキに故障はなく、運転席前面ガラスは透明で異状がなく、その他右車のその他の部分にも異状が存しなかったことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によると、被告渡部運転車には構造上の欠陥、または機能上の障害がなかったものと認めるのが相当である。従って抗弁(三)は理由がある。

五、以上判断したとおり、被告渡部は、本件事故発生につき同被告に過失がないから民法上の、また被告会社は、自動車損害賠償保障法三条但書所定の事由の存在により同法上の各損害賠償責任がない。

六、よって原告らの、被告らに対する各本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(判事 伊藤俊光)

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